【母后役の女優】Nebahat Çehre ネバハット・チェフレ

 Nebahat Çehre ネバハット・チェフレ

Nebahat Çehre ネバハット・チェフレ
1944年3月15日生まれ。74歳。(2018年9月現在)
トルコ サムスン出身。

 
 
 
 
 
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ネバハットさんは、オスマン帝国外伝でスレイマンの母后(ハフサ・アイシェ)を演じた女優さん。とにかく絶世の美女だったんだろう感がすごい。今も美人だ。

 ミス・トルコ

1960年、15歳の時ミス・トルコに選ばれる。
当時、本人はコンテストに特に興味があったわけではなく、友人とその姉が応募していて一緒にやろうと誘ってくれた。ネバハットさんは母親にその話をしたら母親は応募を望んだので応募し、そして優勝した。ネバハットさんの実際の名前はHilal(ヒラル)だけど、コンテストにはミドルネームと苗字で登録され、その名前が今の名前の表記でもあるネバハット・チェフレとなった。

ミス・トルコだったのでロンドンで開かれたミス・ワールドにトルコ代表として参加。1965年にはアメリカ合衆国マイアミビーチで開催されたミス・ユニバースにトルコ代表として出場した。

1960年ミス・トルコの時のネバハットさん(2:20~)

モデル時代のネバハットさん↓

 
 
 
 
 
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 壮絶人生

1962年、17歳の時に女優として映画「Yaban Gülü」(タイトルは「野バラ」という意味)でデビューした。その時のキャラクターを演じるのが嫌でもう映画には出ないと決めていたけど、次々と映画のオファーがきた。(美人の人生に起こるやつな。)

 転機

1964年、ネバハットさんに転機が起こる。有名なトルコの俳優ユルマズ・ギュネイ(Yılmaz Güney)さんが主演、脚本を務める映画にヒロインでのオファーをもらい、そのシナリオが好きだったので喜んで引き受けた。

ユルマズさんに会った時のことをネバハットさんはインタビューで「強い感情に打たれた」と言っている。一目ぼれだった。ユルマズさん当時30歳、ネバハットさん19歳の時のこと。二人は二週間ほどの撮影中に恋に落ちた。ネバハットさん曰く、人生の男性を見つけたと思ってすごく幸せだったそう。しかしこの幸せは長くは続かず、ユルマズさんが他の女性と暮らしていることを知った。伝えられるところによると、彼女はユルマズさんが共産主義の小説を発表し捕まったときの援助者だった。「夢が壊れてずたずたにされた。彼はすべてを説明してくれたけど、私は受け入れたくなくて関係を断った」とこの時のことをネバハットさんは説明している。

それからネバハットさんはミスユニバース(1965)に参加するためにアメリカへ行った。
トルコへ帰国後、ユルマズさんと共演する映画のオファーがあり、ネバハットさんは引き受けた。「お互いに離れることができなかった」とネバハットさんは言う。その時点で、ユルマズさんと同居している女性は彼の子供を妊娠しており、女の子を生んだ(1966)。にもかかわらず、ユルマズさんとネバハットさん二人は一緒にいることに合意し結婚した(1967)。

この一件でユルマズさんは「不細工王」というニックネームが付き、ネバハットさんは「ビューティークイーン」というニックネームが付いた。

ユルマズさんとネバハットさんが1965年に共演した映画の一つ、Silaha Yeminliydimという映画。16:24~、二人の共演シーンが見れる。↓

彼との出会いはネバハットさんにとって仕事面でも転機となった。ユルマズさんは俳優であり脚本家であり、時には監督だった。1964年~1968年まで二人は一緒に14作もの映画に出演した。ある映画でのプロデューサーの話では、銃を使うシーンでユルマズさんは本当に銃弾を入れた。「お願いだから本物の銃弾を使うのはやめてくれ」と言ったが、ユルマズさんは聞き入れなかったそう。
ネバハットさんは頭の上にグラスをのせられ泣きながら震えていた。20メートル向こうに立ち、セットは静まり返りみんな怖くて息をのんだ。ユルマズさんは引き金を引きグラスは粉々になり、ネバハットさんは泣き出した。注:二人は恋人同士。

映画界の巨匠的な人にありそうなエピソード。笑えない。

 狂気的な二人の関係

結婚した後、二人には暴力などのトラブルがあった。二人の知人で個人的にも二人と仲良くしていた(銃弾を使うのを止めさせようとした、あの)映画プロデューサーは「気が狂ったように二人は真剣に愛し合っていた」と後に語っている。よく口論や暴力があり、ネバハットさんはユルマズさんによく殴られていた。ある日、ユルマズさんに知らせずに兄弟と一緒にネバハットさんが電車で親戚に会いに行こうとしていた時、このことに気が付いたユルマズさんは車で電車を追いかけ、線路上に車を停めた。電車が車に近づき急停車した後、ユルマズさんは平静を保ったまま電車に入っていきネバハットさんをイスタンブールの自宅へ連れて帰った。

こえ~ww

ユルマズさんの車↓

1968年、二人は15カ月の短い結婚生活に終止符を打った。二人の知人である(銃弾を使うのを止めようとした、あの)映画プロデューサーによると、二人の結婚生活最後の日、アンカラにある小さな街に来ていてナイトクラブで二人は口論となり、ユルマズさんが止めるのを気にも留めずにネバハットさんはクラブを出て行った。ネバハットさんは滞在していたホテルに走り始め、怒ったユルマズさんは車に飛び乗りネバハットさんをひいた。ネバハットさんは、宙にふっ飛ばされその車にぶつかり歩道に倒れた。この事件でネバハットさんは右鎖骨を骨折し4日間入院した。

殺人未遂やん!!

離婚後、ユルマズさんは兵役でスィヴァスというトルコの東部へ行かなければならず、ネバハットさんは毎週、飛行機でスィヴァスを訪れていたそう。(殺人未遂もあったし離婚もしたけど、めっちゃ好きやんww)
ユルマズさんは今までネバハットさんにしてきたことに対する悲しみと後悔などを綴ったラブレターをネバハットさんに書き続けた。

その後ユルマズさんは1970年に別の人と結婚。左翼的な思想が大きくなり残りの人生のほとんどを刑務所で過ごした。1981年に脱獄しフランス、パリへ亡命。その3年後1984年9月9日、胃ガンのためパリで死去。

亡命前、ユルマズさんはネバハットさんに会いたくて彼女の仕事現場の観客に紛れて座っていた。ネバハットさんは恐ろしいくらい驚いたという。ユルマズさんはネバハットさんにお花を贈った。それが二人が会った最後だった。

ユルマズさんは生涯ネバハットさんを愛しており、そのことを知った妻は怒ったが、死の直前パリにいた時も「ネバハットが気になってしまうからトルコには帰れない」とユルマズさんは言っていたそう。

ネバハットさんはユルマズさんの葬儀には出席しなかったが、パリに定期的に行っている。彼のお墓に行かないように勧められているが、「最後に見た彼を思い出したいから。私が頭が痛いとき、彼はいつでもすぐに私の側にとんできてくれた」とネバハットさんは言う。毎回パリに訪れる際、ユルマズさんの子供(結婚前に出来たユルマズさんの同居人女性との子供)と会っている。反対にユルマズさんの子供がイスタンブールに来た際にも二人は会い、良い友人関係を持っている。

こんな男女の関係ってあるんだね・・・。壮絶。

 2回目の結婚

トルコのバスケットボールチームの選手ヤブス・デミア(Yavuz Demir)さんと付き合い始め1976年に二人は結婚。ネバハットさんにとっては2回目、ヤブスさんにとっては3回目の結婚だった。ヤブスさんは前の夫ユルマズさんとは性格が正反対だった。心地よくて優しくて落ち着いた性格だった。ネバハットさんはヤブスさんとの子供を妊娠し中絶した。しかし、これが離婚の原因にはならなかった。幼い頃に父親をなくし義理の父に育てられており、父親がいなくてつらい思いを自分の子供にはさせたくないという思いがあった。

「幸せな結婚なら自分の子供を持つと自分に約束していたが、彼の生活に適応できなかった。私は保守的で自分のスペースが欲しかった。彼は旅行をしたり、人を招いたり、沢山の人がいるライフスタイルで、私は消耗してしまった。」

1979年に二人は離婚。2006年にヤブスさんが亡くなった際にネバハットさんは葬儀に出席した。

 美貌

ネバハットさんと言えば、やはり見た目の華やかさ。ミス・トルコの頃から目を引く容姿だったんだろうけど、今でも目を引く。ちょっとこれを見て!↓

 
 
 
 
 
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こんな70代いないwww(写真は2014年のもの)
美脚すぎやろwww

オスマン帝国外伝のドラマ中でもネバハットさんの部分に薄っすらぼかしが入っていたりして、その美しさはたぶん業界でも大切にされているんだろうって思った。

それに、歌う時は微風が吹くし。↓※注:室内。

ユルマズさんと離婚後の1970年代はポルノ映画が劇的に流行り始め、ポルノをやる代わりに歌を歌うことを選んだそう。良い歌の先生にレッスンをしてもらって1970年に歌手として初めてステージに立った。

 最後に

「事実は小説よりも奇なり」を地で行くようなネバハットさんの人生。壮絶だね・・・。
こんな人生もあるんだなぁ、と調べながら感慨深かった。

ケンカして車で跳ねるような人をその後も愛せる(離婚したけど)感じとか艶子には全然理解できないけど、二人の間だけに通じ合うものがあったんだろうね。亡くなった後もお墓参りに行くくらいだし、すごく愛されてた記憶も沢山あるんだろうね。

【10月10日追記】最近、艶子が愛読しているトルコ語の指さし会話帳↓の57ページにユルマズさんのことが載ってた。やばばw やっぱ超の付くすごい有名人なんだ!
トルコではずっとユルマズさんの映画が上映禁止になってたけど1999年に解禁になったんだって。

この本には「路」(Yol)という映画でカンヌ映画祭でグランプリを受賞したって書いてあって、Amazonで探してみたら、

DVDあったーーー!!!
だけど、韓国版で日本語字幕はない。字幕は英語、ドイツ語、韓国語のみ。

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