【ダンサー】Brian Friedman ブライアン・フリードマン①

 

 Brian Friedman ブライアンフリードマン

Brian Friedman ブライアンフリードマン

1977年5月28日生まれ。現在40歳。(2018年3月現在)

 

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イリノイ州ハイランドパーク生まれ。アリゾナ州スコッツデールで育つ。

 ダンサー・振付師

ブライアン・フリードマンはロサンゼルスを拠点に活躍する有名なダンサー・振付師で、多くの有名アーティストに振付を提供したり、若いダンサーたちにダンスを教えたりしている。YouTubeには彼が振り付けた沢山の動画がアップされていて、世界中の人がその動画を楽しんでいる。これ↓は彼が振付の中でも再生回数が多いもの。マディーちゃん、シャーリーちゃん美人やー!

出演ダンサー:Maddie Ziegler マディー・ジーグラーCharlize Glass シャーリーズ・グラスKaycee Rice ケイシー・ライスSean Lew ショーン・ルー、Josh Price ジョシュ・プライス、Gabe de Guzman ゲイブ・ドゥ・グースマン

ブライアン・フリードマンについて今回も艶子が調べまくったことをまとめていくよー。

 ブライアン・フリードマンが振付師になるまで

あるインタビューでブライアン・フリードマンが子供の頃の事や振付の仕事をするようになるまでについて話していたのを見つけたから、それを最初に紹介。

(以降、口調がブライアン目線になります)

 母親が通うダンス教室
 僕がダンスを始めたのは11歳のとき。母親はコミュニティ・カレッジでダンスを教えていてコンテストで審査員をした時、見に行った。その時、タキシードを着てハットを被って踊っている子たちを見て『世界で一番カッコイイ、これが僕がやりたいことだ』って思ったんだ。それから母親のダンス教室に連れて行ってもらって通うことになった。他の子たちは、みんな4歳とか5歳くらいからダンスを始めていて、自分は始めるのが遅かったんだと思ったけど、この道で間違ってないって感じてた。そしてダンスのコンテストに出たりし始めた。
 学校が嫌い
 僕のやることは好きなことだけで、学校が嫌いだった。宿題もやらなかったし、授業中に先生の言ってることにも集中してなかったから4年生のとき留年させられたんだ。僕がやりたかったことは徹夜でテレビを見て、学校で寝ることだった。友達みんなが次の学年に行くのに僕はまた同じ学年をやらないといけなくてツラかった。だからダンスを始めたっていうのもあった。 
 僕は何でも自分で決めたいタイプの子供で、小さい頃から自分の仕事を決めていた。「ロサンゼルスに行くんだ。それで僕は働くんだ。」映画に出たいとか、これがやりたい、あれがやりたいって母に言ってたら母がオーディションに連れて行ってくれて、そこで初めて『自分が欲しい物のためには戦わないといけない』と、その年齢で学ぶことになった。
  
 ロサンゼルスでの初期の仕事
 テレビに出る事でロサンゼルスでの新しい友達を沢山見つけて、ブリタニー・マーフィエリック・バルフォー、ヘイリー・ジョンソンの4人でBlessed with Soulというグループを組んだんだけど、全然ソウルフルじゃなくてww 僕たちは色んなショッピングモールを回った。僕は、ちょっとだけラップをしたんだけど全然良くなくてw それが僕の最後の歌手としての仕事w

Blessed With Soulのショッピングモールでのステージ。赤い服を着ているのがブライアン・フリードマン

備考:4人が共演したのはKids Incorporatedという番組。ブライアンは1991~1994年にこの番組に出演。

 初めての振り付け

 最初に振り付けをしたのは14歳のとき。10代の時は、いつもロサンゼルスで踊ってたけど、アリゾナにある僕が最初にダンスを始めたダンス教室のスタジオでも踊ってた。僕はダンスのコンテストがすごく好きだったから、ずーっとコンテストのことをやってた。ロサンゼルスに来て働いて、飛行機でアリゾナに戻って自分のコンテストのことをやる。Star Search(スター・サーチ)というコンテスト番組に一緒にダンスをやってた女の子たちと出たんだけど、その振り付けをやったんだ。それが僕の初めての振り付けだった。そして僕はそれがすごく楽しかった。16歳くらいの時、アリゾナで母と自分のスタジオ始めたんだけど、それで自分の振り付けをより自由にできるようになった。

 振付師へと導いた2人の人物
 
 
 
 
 
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2017年ウェイド・ロブソンとブライアン

 ウェイド・ロブソン(Wade Robson)の仕事でロサンゼルスに来ている時、彼は2つのプロジェクトを同時に抱えていて大変で、仕事を引き継げないかどうか頼まれたんだ。それは、すでに振り付けが済んだものを教えたり、それから僕が少し振りを付けたりすることだったんだけど僕はちょっと怖くなった。スタジオダンサーじゃなくてプロのダンサーの為や、アーティストの為だったし、本当にその才能が自分にあるのか分からなくて完全にナーバスになったけど、僕はその仕事をやった。

 エージェントのジュリー・マクドナルド(Julie McDonald)があるリハーサル中に僕に会いに来て、「あなた仕事がよくできるわね。これをあなたの今後の仕事にすることって考えたことある?」って聞かれた。僕は「あんまり考えたことない」って感じだったんだ。「そうね、やってみて どう思うかおしえて」って彼女は言って、僕は「できるかも」みたいな感じだった。その後すぐウェイド・ロブソンが別の仕事を取ってきて、僕に振った。それが当時15歳のアーティスト、クリスティーナ・ミリアンだった。それで僕は自分のダンサーたちを連れてフロリダに飛んだ。それが僕の初めてのクリエイティブ・ディレクションで、ショー全体がどんな感じに見えるか考えるポジションだった。そのとき「これが自分がやりたかったことだ」と確信した。たぶん21か22歳くらいの頃だったと思う。僕は自分の仕事と恋に落ちてしまった。それから振り返ることなく仕事を続けてる。

 まとめ

つまり11歳でダンスを始めて、14歳で初めて振付をして、21歳にはトップスターのディレクションをするようになった、ってことか。展開のスピード感がすごいw

日本だとトップのディレクションをするのって30代くらいからな(勝手なw)イメージだけど、エージェントの目利きが凄かったんだね。

 

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21歳の時、中国で。19歳の時は日本にも来たんだって。

につづく。

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